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2023年10月16日 (月)

Vitreous Humor?

【緒言】視界に蚊が飛んでいるような影が見える飛蚊症(vitreous floater)の改善にパイナップルの摂取が有効であるとする研究論文(Horng, C.T.ら、2019年)を読む機会があったので、今回はその紹介と検証をしてみたいと思います。

Pharmacologic vitreolysis of vitreous floaters by 3-month pineapple supplement in Taiwan: A pilot study

【概要】飛蚊症は、眼球の硝子体(ゲル状のタンパク質)が主に加齢により収縮する過程でコラーゲン(硝子体線維)が凝集して自覚されます。上記論文では飛蚊症の被験者が昼食後に生のパイナップルを100~300 g 摂取し続けた結果、3か月後に明らかな改善(摂取量依存性あり、最大で7割改善)がみられたという結果が報告されています。

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本論文はタイトルのとおり、飛蚊症の外科治療(レーザー治療)であるビトレオライシス(vitreolysis)という用語を使いつつ、パイナップルをサプリメントに見立てた薬物学的治療(pharmacologic(al) vitreolysis)をアピールする内容(著者らによると世界初)となっています。キーとなる物質は、パイナップル中に含まれるブロメラインbromelain)というタンパク質分解酵素で、これが飛蚊症の元=硝子体中に浮遊するコラーゲン凝集体を分解するというロジックです。

【検証】まず、飛蚊症(網膜剥離など病的なものを除く)について国内外の眼科医がネットで発信している情報を整理してみました。
・加齢による生理現象で、診断後も経過観察となることが多い。
・硝子体の外科治療以外に有効な治療法は見つかっていない。
・治療介入なしでも数か月のスパンで自然解消するケースがある。
・日本の保険診療では治療法なし、自由診療でレーザー治療等あり。

以上を踏まえ、論文を読んで気になった点を以下にまとめました。
①対照群(パイナップルを摂取しない群)が設定されていない。
②作用機序を裏付ける定量的なデータがとられていない。
③眼球を構成する他のコラーゲンが分解されないのはなぜか。
④被験者数が少ない(実験1: 190人、実験2: 198人)。

まず、実験設計として高血糖値(higher blood glucose)や1日のカロリー制限(daily caloric restriction)を考慮してパイナップル摂取の上限を300 g/dayとする一方で、結果の有意性を確認するための対照群(control group)を設定していないのは大きな問題です(①)。また、仮説を実証するために硝子体中(百歩譲って血中)のブロメライン濃度を測定しておらず(②)、簡単な実験にも関わらず被験者数が少ない(④)のもちょっと残念です。さらに、ブロメラインが硝子体中で凝集したコラーゲンを分解するという仮説が正しいとするならば、コラーゲンの塊ともいえる眼球全体(例えば角膜はコラーゲン線維そのもの)にダメージがないのは最大の謎です。予備研究(pilot study)とはいえ、薬理学的なエビデンス、すなわちブロメラインの硝子体部位への到達濃度と分解選択性の裏付けが得られていないため、私がもし論文誌の査読者ならば追加実験を求めると思います。

ある海外の眼科医は、例えばパイナップルの消費が特に多いブラジルやフィリピンで飛蚊症率が低いなどといった地域性データは聞いたことがないと言っていました。正直、私も本論文の内容については懐疑的な印象を持ったため、この記事のタイトルは硝子体(vitreous humor)と硝子体(液)にまつわるユーモアをかけて「Vitreous Humor?」としてしまいました。本研究の発表後、他の研究チームが追試や反証をした報告はないようで、同じ著者らによる続報も読みましたが結局よくわからないというのが現状です。ただし、最近の研究によればブロメラインには抗炎症性・免疫調節性・抗酸化性やこれらを介した潜在的な抗癌効果があるともいわれており、関連する研究の動向にも引き続き注目していきたいと思います。

【追記】ブロメラインは酵素なので加熱処理をしたパイナップルの加工品(缶詰やジュース)では不活化されてしまっています。また、パイナップルは糖分の高い果物である上に、アレルギーや服用中の薬(高血圧の薬や抗生物質の一部)との飲み合わせで問題が生じる場合もあるそうなので、過剰摂取には十分な注意が必要です。

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