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2023年10月

2023年10月30日 (月)

ケースコントロール

まずはじめに、本記事の内容は分析疫学の症例対照研究(case-control study)についてではありません(まぎらわしくてすみません)。今回は、英文タイトルの大文字・小文字の制御(ケースコントロール)について取り上げます。例えば、英語の記事・論文・本などで、headline(大見出し)、title(表題)、caption(図表の題目・説明文、見出し)について主要な品詞の頭文字を大文字にする表記をtitle case(タイトルケース)といいますが、ほかにも、大文字化(capitalization)の適用パターン等によって以下のような表記法があります(英語部分はそれぞれの表記法に従って表示)。

センテンスケース (Sentence case):How to control the case
タイトルケース (Title Case):How to Control the Case
キャメルケース (CamelCase):YouTube、TikTok、McDonald
スネークケース (snake_case):case_control_study

Snake_case_1

次に、上記の表記法を使用場面や用途によって選択するわけですが、英文校正でよく相談を受ける案件の一つに、文書内が多層構造になっていてそれぞれの階層に見出しを付ける場合のケースコントロールがあります。新聞や論文であれば決まったフォーマット(規定)に従えばよいのですが、特に決まりや縛りがない場合はどうすればよいのでしょうか。例えば、階層順が(表紙の)タイトル→大見出し→中見出し→小見出しであれば、
  アッパーケース(upper case、全部大文字)
    タイトルケース(主要な品詞のみ頭文字が大文字)
      センテンスケース(先頭の単語の頭文字のみが大文字)
        ローワーケース(lower case、全部小文字)
などとすればメリハリをつけることができます。ただし、これはやや極端な例で、多重括弧(括弧内括弧内括弧…)と同様、そもそも日本人が作る文書は階層が多いと言われがちですので、読みやすさの観点から多層構造がすぎると思われる場合には、可能なら文書の構成を見直すのも一考です。

ちなみに、タイトルケースは参考にする学会や大学のスタイルガイドによって大文字化のルールに少しずつ違いがあります。通常、タイトルケースでは主要な品詞以外である冠詞や前置詞は小文字表記ですが、単語を構成する文字数が4あるいは5文字以上(例:through)になると自動的に(頭文字の)大文字化を適用する場合もあります。米語の文書で特にスタイルに制約のない場合であれば、メジャーなChicago Manual of Style(CMOS)がおすすめですし、Web上に数多く公開されている無料の自動変換ツール(シンプルで使いやすいのはHEADLINE CAPITALIZATION←CMOSは上から3つ目を選択)などを利用するのも手です。

そういえば昔、洋画のエンドクレジットでキャストやスタッフの名前が全てlower caseになっているのを見たことがありますが、普段見慣れない表記なので新鮮でアートっぽく感じました。また、近年の日本スポーツ界では(IOCに倣って?)選手の名前をDaiki HASHIMOTO (JOC) やYuya OSAKO (Jリーグ) のように姓をupper caseで表記する傾向があります。こういったケースの工夫は分野や組織によって特色があるようです。

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2023年10月23日 (月)

学術用語の市民権

2023年9月22日、日本糖尿病学会と日本糖尿病協会は、糖尿病(diabetesの訳語として1907年から使用)の新たな呼称案「ダイアベティス」を発表しました。この背景には「糖尿」という言葉が病態を正確に表していないことや、糖尿病への社会的な誤解・偏見を払拭したいという思いがあるとのこと。「ダイアベティス」が市民権を得るかどうかは要経過観察ですが、学術用語や学名が諸事情により変更された例はこれまでにも数多くあります。今回の記事では、それらの中から個人的にインパクトが大きかったものをピックアップしてみます。

Brontosaurus ブロントサウルス
 竜脚類の恐竜として有名なブロントサウルス(O. C. Marsh, 1879年発表)は、先に見つかっていたアパトサウルス(Apatosaurus)と同じ恐竜(の属)と指摘され、国際動物命名規約による先取権の原理(principle of priority)に基づいて学術的には不使用になりました。ただし、E. Tschoppらの再研究(2015年)では、ブロントサウルスはアパトサウルスとは異なる独立属であることが示唆されており、論争はまだ続いているようです。

Photo_20231023003701

color blindness 2色覚 (旧来の色盲)/異常3色覚 (旧来の色弱)
 従来より「色盲」を避けて「色覚異常」に訳語が統一されていましたが、日本眼科学会(2007年)や日本医学会
(2008年)の改訂用語ではこのように提示されました。さらに、日常生活に本質的な不便さがない遺伝形質に対して「異常」と呼称するのは違和感ありとのことで、2017年に日本遺伝学会と日本人類遺伝学会は、邦語と英語のセットで「色覚多様性(color vision variation)」という概念(教育用語)を提案しています。

dominant/recessive 顕性/潜性
 2017年9月、日本遺伝学会が遺伝学用語の改訂
(訳語のみ)を提案し、メンデルの法則でもおなじみだった「優性・劣性」が「顕性・潜性」に変更されました。その理由は、「優」や「劣」が強い価値観を含む語感を持ち、疾患を対象とする臨床遺伝分野で「劣性」遺伝のもつ負のイメージが深刻なためとのことで、「糖尿病」や「色盲」の場合と同様、ポリコレ(political correctness)的な配慮がうかがえます。

それにしても、昔学校で習った知識や以前見聞きした情報がいつの間にか上書き(無効・変更・訂正・追加)されていることがあります。上記のほかにも、計量法やJISにおける「規定度」の廃止、そのJISの和名は日本工業規格→日本産業規格に変更(英名はJapanese Industrial Standardsのまま)などなど、いろいろアンテナを張って過去に得た知見をアップデートしていかないとと痛感します。特に、のちの再調査/新発見による科学的事実や史実の修正・追加ならびに社会情勢の変化などに対応した用語・名称の変更(酸素のように市民権を得すぎていて変更不可の場合も多々ありますが)には今後も注目していきたいと思います。

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2023年10月16日 (月)

Vitreous Humor?

【緒言】視界に蚊が飛んでいるような影が見える飛蚊症(vitreous floater)の改善にパイナップルの摂取が有効であるとする研究論文(Horng, C.T.ら、2019年)を読む機会があったので、今回はその紹介と検証をしてみたいと思います。

Pharmacologic vitreolysis of vitreous floaters by 3-month pineapple supplement in Taiwan: A pilot study

【概要】飛蚊症は、眼球の硝子体(ゲル状のタンパク質)が主に加齢により収縮する過程でコラーゲン(硝子体線維)が凝集して自覚されます。上記論文では飛蚊症の被験者が昼食後に生のパイナップルを100~300 g 摂取し続けた結果、3か月後に明らかな改善(摂取量依存性あり、最大で7割改善)がみられたという結果が報告されています。

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本論文はタイトルのとおり、飛蚊症の外科治療(レーザー治療)であるビトレオライシス(vitreolysis)という用語を使いつつ、パイナップルをサプリメントに見立てた薬物学的治療(pharmacologic(al) vitreolysis)をアピールする内容(著者らによると世界初)となっています。キーとなる物質は、パイナップル中に含まれるブロメラインbromelain)というタンパク質分解酵素で、これが飛蚊症の元=硝子体中に浮遊するコラーゲン凝集体を分解するというロジックです。

【検証】まず、飛蚊症(網膜剥離など病的なものを除く)について国内外の眼科医がネットで発信している情報を整理してみました。
・加齢による生理現象で、診断後も経過観察となることが多い。
・硝子体の外科治療以外に有効な治療法は見つかっていない。
・治療介入なしでも数か月のスパンで自然解消するケースがある。
・日本の保険診療では治療法なし、自由診療でレーザー治療等あり。

以上を踏まえ、論文を読んで気になった点を以下にまとめました。
①対照群(パイナップルを摂取しない群)が設定されていない。
②作用機序を裏付ける定量的なデータがとられていない。
③眼球を構成する他のコラーゲンが分解されないのはなぜか。
④被験者数が少ない(実験1: 190人、実験2: 198人)。

まず、実験設計として高血糖値(higher blood glucose)や1日のカロリー制限(daily caloric restriction)を考慮してパイナップル摂取の上限を300 g/dayとする一方で、結果の有意性を確認するための対照群(control group)を設定していないのは大きな問題です(①)。また、仮説を実証するために硝子体中(百歩譲って血中)のブロメライン濃度を測定しておらず(②)、簡単な実験にも関わらず被験者数が少ない(④)のもちょっと残念です。さらに、ブロメラインが硝子体中で凝集したコラーゲンを分解するという仮説が正しいとするならば、コラーゲンの塊ともいえる眼球全体(例えば角膜はコラーゲン線維そのもの)にダメージがないのは最大の謎です。予備研究(pilot study)とはいえ、薬理学的なエビデンス、すなわちブロメラインの硝子体部位への到達濃度と分解選択性の裏付けが得られていないため、私がもし論文誌の査読者ならば追加実験を求めると思います。

ある海外の眼科医は、例えばパイナップルの消費が特に多いブラジルやフィリピンで飛蚊症率が低いなどといった地域性データは聞いたことがないと言っていました。正直、私も本論文の内容については懐疑的な印象を持ったため、この記事のタイトルは硝子体(vitreous humor)と硝子体(液)にまつわるユーモアをかけて「Vitreous Humor?」としてしまいました。本研究の発表後、他の研究チームが追試や反証をした報告はないようで、同じ著者らによる続報も読みましたが結局よくわからないというのが現状です。ただし、最近の研究によればブロメラインには抗炎症性・免疫調節性・抗酸化性やこれらを介した潜在的な抗癌効果があるともいわれており、関連する研究の動向にも引き続き注目していきたいと思います。

【追記】ブロメラインは酵素なので加熱処理をしたパイナップルの加工品(缶詰やジュース)では不活化されてしまっています。また、パイナップルは糖分の高い果物である上に、アレルギーや服用中の薬(高血圧の薬や抗生物質の一部)との飲み合わせで問題が生じる場合もあるそうなので、過剰摂取には十分な注意が必要です。

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2023年10月 9日 (月)

自己言及型の事象

今回は、現象や方法などを表す英語のうち、自己言及型になっているものを取り上げます。なお、RAS syndromeは再登場ですが内容を一部更新しています。

<事象編>
Hobson-Jobson ホブソン・ジョブソン
 外国語の単語や成句に、自国語による発音と綴りを当てはめて取り入れること。同名のAnglo-Indian語彙集が1886年に出版されており、Hobson-Jobson自体がアラビア語の "Yā Ḥasan! Yā Ḥosain!"(儀式中に繰り返される叫び)を英語化したものとなっています。例としては、cucaracha(スペイン語)→ cockroach(英語)。まさか、あの陽気な ♪「ラ・クカラーチャ」が「G」の歌だったとは!

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得意芸は「ヤホー漫才」

Martingale betting strategy マルチンゲール戦略
 負け続ける限り、賭け金を2倍にしていく方法(18世紀の仏で流行)で、勝つ確率が50%の公平なゲームにおける必勝法と思われがちですが、実は賭けの前と後で所持金の期待値は数学的に同じになります。つまり、この戦略は「過去の情報に制限して計算した期待値と未来の期待値が同一になる」という確率過程の性質 「martingale」を有しています。固有名詞的な戦略名(由来は不明)から一般的な数学用語が作られた点がおもしろいです。

RAS (Redundant Acronym Syndrome) syndrome 冗長頭字語症候群
 2001年造語。JIS standardsやGPS systemのように、頭字語(acronym)や頭文字語(initialism)の一部が重複してしまっている表現(tautologyの一種)のことで、この単語自身が「RAS syndrome」の症例になっています。RV車、ATM機、SI単位系のように、外国語の文字と日本語の文字が混在すると、この現象がさらに起こりやすくなるようです。

Stigler's law スティグラーの法則
「科学的発見に第一発見者の名前が付くことはない」という法則(1980年提唱)。スティグラー自身が、この法則の発見者はR. Merton(社会学者)であるとして、この法則自体も「スティグラーの法則」を満たしていると述べています。例として、ハレー彗星(1759年命名。紀元前240年、司馬遷の『史記』に記載あり) やピタゴラスの定理(ピタゴラス以前に古代バビロニアで既知)が挙げられていますが、後者は、
1972年に提唱された「数学の公式や定理には通常、本来の発見者の名前が付かない」というボイヤーの法則(Boyer's law)の例とするのが適切かもしれません。

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2023年10月 2日 (月)

クセ強な英単語

単語の「音」自体に意味があるとする「音象徴」の考え方は、古代ギリシアのソクラテスの時代からあるそうで言語学の重要なテーマにもなっているようです。今回は、音を筆頭に様々な手法で自己主張してくるクセ強な英単語をいくつか取り上げたいと思います。

<単語編>
gobbledygook(gobbledegook) 難解な/意味不明な/無意味な言葉・表現、テキストの文字化け
 1944年の造語。まず見た目が「文字化け」っぽいし、
5つの阻害音(k, p, t, k, k)→4つの濁音減価(g, b, d, g)でネガティブすぎる響き。本家の「all Greek」も顔負けのインパクトです。例えば、手品をするときの呪文=abracadabra(アブラカダブラ)や魔法の歌 Bibbidi-Bobbidi-Boo(ビビデバビデブー)などにも共通するこの濁音連続攻撃は、聞き手や読み手に良くも悪くも明らかに普通ではないイメージを与えます。

mondegreen 聞き間違い
 1954年の造語。この単語自体が“laid him on the green ()”→“Lady Mondegreen (×)”の「聞き間違い」。本ブログでは15年ぶりの再登場ですが、当時の記事で引用したWikiの疑問は既に解消されていて、(広義の)空耳はdeliberate mondegreenという扱いに訂正されていました(ホッ)。個人的には「空耳」の意味が国語辞典で ①幻聴、転じて聞き違い、②聞こえないふり、となるのはいつ頃なのか気になっています。

oxymoron 撞着語法(矛盾語法)Photo_20231002230001
 本ブログではおなじみ。ギリシア語の鋭さ(oxy)+鈍さ(moron)に由来し、この単語自身が矛盾をはらんだ「撞着語」。ちなみに(鋭い味がする)酸はギリシア語でoxys→「酸の元が酸素である」という誤解から生まれたoxygen→それを和訳した「酸素」→それを輸入した中国と韓国→中国だけがかろうじて「氧」に変更。このように「新語の広がりは急激で、その回収は緩慢な」言語の性質こそoxymoronicだといえるかもしれません!

semordnilap シモードニラップ 
 逆方向から読むと違う意味になる語句のこと。この単語を逆から読むとpalindrome(s)=回文という別の意味になるので、この単語自体が「シモードニラップ」。回文を作るときのパーツとしても重要かもしれません。有名な例として、stressed(ストレスのかかった)⇔ desserts(デザート)があり、ストレス解消はデザートで!と考えるとちょっとオシャレなペアですね。

次回は自己言及型の事象編を取り上げます。 

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