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2008年2月16日 (土)

Brahms vs Werther

今回は、最近気になった曲のご紹介です。

Brahms, Piano Quartet in C minor, Op. 60, (1855-1875)
ブラームス ピアノ四重奏曲第3番ハ短調 作品60

まず驚くのが、この作品の着想から完成までが20年余りという長さ(彼の交響曲第1番とほぼ同じ)。とくに第1楽章の独特の暗さについては、PHILIPSから出ているDUOシリーズのCD(Brahms Complete Piano Quartets, 1996年)に以下のような解説があります。

Brahms began the C minor quartet during the agonizing weeks of Schumann's insanity and final illness, when his own emotions were in turmoil.  To his friend Theodor Billroth he declared that the first movement was only a curiosity, "say, an illustration to the last chapter of the man in the blue jacket and yellow waistcoat." The allusion is to Goethe's Werther, who kills himself out of hopeless love for his best friend's wife.  Clara Schumann herself, unaware of this reference, found the movement lacking in drive; and it is true that the sense of despair and vehemence do not suffice to produce a structure as effective as in the other quartets.

<訳>
ブラームスは何週間にもわたるシューマン(ブラームスの師)の精神異常と死の病の苦しみの中、この四重奏曲ハ短調の作曲を始めたが、この時彼自身の感情も混乱状態にあった。友達のテオドール・ビルロートには、この曲の第一楽章は興味本位であり、「ほら、あの青いジャケットと黄色いチョッキを着た男の最終章を表したもの」だと言明している。この言及は、最良の友の妻への絶望的な愛のために自殺するゲーテのウェルテルのことを指したものである。クララ・シューマン(シューマン夫人)自身はその引用には気づいていなかったが、この楽章に活力がないことは感じていた。事実、その絶望熱情の感覚は彼の他の四重奏曲に見られるような効果的な構造の創出に十分ではない。


ヨハネス・ブラームスのクララへの愛情(注1)はシューマンの死(1856年)を機に突然変化したようです。つまり、ブラームスは(自身も言及している)ウェルテル症候群から立ち直りを見せ、心に重荷(注2)を一生背負いつつも、以後のクララとの友情関係からいくつもの名曲を世に送り出していくのです。ウェルテルと決別したばかりの青年ヨハネスはクララにあててこう書き送っています。

「激情は人間のものではなく、自然界のものです。激情が節度を越えた人間は病人と見なされ、生命と健康を守る薬を与えられるわけです。立派な真の人間は、喜びにあっても、苦しみや悩みにあっても平静なのです。激情はいずれ過ぎ去ってしまうものなのですし、さもなくば追い払ってしまわなければなりません。」(1857年10月)

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注1:同じCD解説書の別の箇所では、romantic devotion(恋愛感情を帯びた献身)、unerfüllten Liebe(かなわぬ愛)とも表現されている。二人が交わしていた書簡から、シューマンの生前にブラームスが「一時的に」クララへの恋愛感情を持っていたことは事実のようである。

注2:ブラームスは生涯独身を通した。クララとの往復書簡は実に800通を超える。しかし、未完成作品の楽譜を後世に残さないよう全て廃棄処分するほど極端な完璧主義者であった彼の性格を考えると、彼とクララとの本当の関係を示す証拠(書簡等)は処分してしまっていたのかもしれない。

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